【ごめん、ママ。私、離婚する。】
【ごめん、ママ。私、離婚する。】
この日は、私の母に会いに行きました♪
お母さんが、孫の成長を楽しんでくれていて
幸せそうなお母さんの笑顔をみると、私も幸せです。
散々苦労してきた母には、恩返しがしたくて、結婚して子供ができて
安心してもらえると思った矢先の離婚。
「ごめん、ママ。私、離婚する。本当にごめんね。」
またお母さんに悲しい想いをさせてしまった。
心配させてしまった。自分を責めた。
私の母は、私や弟や妹、子供4人を母手1人で育ててきてくれました。
私は小さい時から、父の暴力で苦労していた母をずっと見ていました。
暴言、暴力、家に帰らない父。
投げられたり火事を起こしたり包丁まで持ち始めたり。
おかしくなってる父に投げられながら、お母さんが、当時10歳の私に
「ちーちゃんち(母の友人)に電話して!」って泣き叫んでいた。
私が電話をしようとしたら、父が電話線を切ったあの光景は一生忘れられません。
1人で私たちを守る事になったのは私が小学生6年生の頃。
1番下の弟はまだ2歳くらい。
この頃から、私がお母さんを守る。弟や妹を守る。
そう強く思っていたのを今も鮮明に覚えています。
そして、この「守る」は「私がお金を稼いでお金で苦労させないで楽にさせてあげたい。」
という《お金からの解放》をさせたい想いでした。
そう。【私がお金を稼ぎたかった原点】
1番最初にお金を稼ぎたいと思ったその原点は「お母さんを楽させてあげたい。」親孝行の想いでした。
母は一人で朝から晩まで働いて、4人の子育て。
それでも私は母の愛をとても感じていました。
それから右葉曲折あり、貧乏まっしぐらの5人家族。
その後、過度の労働は母の体を少しずつ蝕み、母はメニエール病に。
数年はまともに働けなかった母。
小さい時から「母に楽をさせてあげたい」と思う想いだけで、
現実的に何も出来ていない私。
お金がついて来なくて、結果的に母に何もしてあげれてないことが
当時とても悔しくてとても情けなかったです。
でも、トレードで稼げるようになった今、たとえば実家の家電が壊れた時に補填してあげたり
家族一緒に旅行に連れて行ってあげたり、してあげたいということがしてあげれています。
そして、私が『稼げるようになって良かった。』と、もう一つ思うこと。
それは、物理的な親孝行以外にも、母に精神的に安心を持たせてあげれてることが
私が稼げるようになって1番良かったと思う事です。
「もうママは充分幸せだからお姉ちゃん自分に使ってね。」って言ってくれる
安心してる母をみて、私はそれが1番幸せです。
お金は全てではありません。
しかし、お金は自らの時間や心の余裕だけではなく、大切な家族の時間や心や体の余裕、
《家族を守る》ためにも、お金は絶対に必要で絶対に大切なものです。
そして、自らの心の安心だけではなく、家族の心の安心にも繋げられます。
特にこれからの時代はもっとお金がないと厳しい時代、国。
大切な家族を守れない、そんな事態になる前に。
大切な家族のためにも、自らが稼ぐ力は今の時代には絶対に必要です。
いつどんな時も助けてくれる。
支えてくれる、何があっても絶対味方でいてくれる母。
双子の息子を育ててこられたのも、お母さんがいてくれたから。
お母さん、いつも本当にありがとう。
お母さんと息子が、全力の笑顔ではしゃぐ姿は、
どんな事よりも、何よりもこれ以上ない幸せな時間だ。